[ 猫の目が哂う ] 生まれるから仕方なく殺してた、静かな断末魔たちにそろっと耳が潰される。 真っ青な宇宙の一部の、延長線上で行き止まりのその真下。そこで俺が仰ぎ見てるのはただ一筋立ち上る、体内汚染物質の行方。 拡散したのが混じった空気に前髪をあそばれながら、鼻先を掠めたその匂いにいやしくも追い掛けて喰らいついた。 「ぎんぱちィ」 「先生でしょ」 「煙なんか吸ってんなら俺かまえ」 昼休み、クソ寒いこの場所で俺は銀八が喫煙所代わりにここへ来るのを知っていて、一本しか吸わねェことも知っている。白い首に巻かれた似合いもしねェ、赤いマフラーだけが防寒具。わかり辛い思いやりは当の教え子にバレちまってるもんだから意味が無い。 おおきく、旨そうに吸い込んで肺から味わった灰霧をじれったいほどゆっくり吐き出した銀八の、こたえはないまま俺の言葉は空しく放置プレイ。屋上のコンクリートの上に落ちて、硝子のように粉々になる。 銀八は、気付かない。 (・・・キモいな) これじゃ恋する乙女じゃねェか、我ながら吐き気が込み上げたのをくっと沈ませて、原因の阿呆をそろりと見やる。 隣で相変わらずな、周りのヤル気を削ぐ性質の悪ィ面はもう一度、至福だと言わんばかりに吸い上げて肺を黒に近づけた。 思えば、恨めしげなもんを知らず投げつけていたのかもしれない。 粉々に漂ってた破片達が、大人しく拾われるのを待っていた。 「しょーがねェなー」 かちり、と、眼があって唐突に縮められた隙間にびびってうごけなかった、頭に載せられた手のひらは冷えてきってて、ぽんぽんと、その手つきがやさしかったのに咄嗟に唇を噛んでこらえる。 何だよいらねんだよこんな、ただ我が侭な餓鬼一匹宥めてるだけじゃねェか。 これで満足かととろんとした眸に掬われても俺は俯いてそのまま、声を漏らすのが恐ろしくなって噛み締めるのを強くする。 叫ぶかと思った。 「高杉クン・・・?」 無遠慮に覗き込んできたコイツに、他意なんてもんはこれっぽちも含まれちゃいない。 指先から冷えて固まって今はもう、心臓に届く手前まで侵されちまってる。 「冷えちゃうよ」 抱かれたと思った、銀八の匂いは頭から掛けられたマフラーの、煙草の染み付いたやつだった。 あとで返してね、擦れ違った銀八の遠くなる足音を聞きながら俺は、赤一色の世界に抱かれながら沢山の隙間を呪った。
06.12.22
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