[ 本当は泣き虫 ] 本当に、唐突なことをまるでそれまでの話の延長線上のような、それでいて恐ろしく質の違う重みで見据えて。 通り過ぎる風が、静かに僕を押し潰してゆく。 「・・・なぁ、もし、泣きたくても泣けないっていうときがあったら、それって病気だと思うか?」 隣に腰を降ろしていた僕の方を向きはせず下を見詰めたままの渋谷から発せられた問いに、彼が顔を上げなくてよかった、一瞬かもう少し、険しくなっていただろう自分の顔を解いて瞬く。 上着がなければ冷たい風に肌を叩かれてくしゃみのひとつでもしただろうけど、生憎僕も渋谷も防寒に抜かりはなくてそれでも何となく、互いに肩が触れるか触れないかという微妙な近さに体を置いて、そんな筈はないのに、左側が暖かくなっているように感じていたのは気の所為だっただなんて思いたくない。 「怖いから、じゃないかな」 「・・・こわい」 「そう。泣いてしまうことでね、感情の箍が外れてちゃうんじゃないかっていうさ。だからそれはある種の自己防衛反応みたいなものだから、別に病気とかそういう訳じゃないよ」 言ってから、何を偉そうに説明なんてしてるんだかと心の中で自嘲してそれでも、しっかりと耳では渋谷の返事を待っている。 どうして答えてしまったんだ僕。なんて、理由は解ってるけど。だって僕だっておんなじで素直に涙を許せないでいたりする。 どうしてかと問われればこんなに普通に説明してあげられるのに、なんか、自分で自分を納得させるために紡いだみたいでどうにも胸の真ん中が壁に押し付けられて気持ちが悪い。 「自分が泣きたいと思っても?」 「本能が、拒絶してるせいかもね」 弱さを認めることは何よりも勇気のいることだとか以前何かで読んだ気がする、確かにそうかもしれない。 逃げて逃げて逃げて。 まるで心拍に聴覚を支配されてしまったかのように、僕の本能が煩いくらいの警戒音を発している。 (だから、そんな今にも泣き出しそうな顔、今の僕に見せないで) 渋谷の肩に頭を預けてそのまま蟀谷を押し付ける、体温を移す。力を抜いて寄りかかって、やっぱり変だな今日の僕。 これで渋谷から僕の表情は見えなくなったし、僕も渋谷の顔を見れなくなった。きみが泣きたくても泣けない原因を僕はもう知っているから今日は少し、いやかなり、素直にきみの言葉を聞いてあげられない幼稚さを許して。 「村田?」 「ごめん、口先だけでは何とでも言えちゃうんだけどね、こーゆーのって」 静かな風が運ぶ草音が訪れた沈黙をやわらかくしてくれて、僕はこのまま愛しい人の肩に止まっていたいと願った。 「渋谷には、僕がいるだろ」 唐突な少し荒くなってしまった僕の声に渋谷の、僕のそれと大して変わらない高さの肩がひくりと跳ねた。 ほら、きっと何でわかったんだって顔してる。 怖いよ。 きみが、手を取ってくれて初めて僕の居場所がそこにできるんだってことにきみは気付いてない。きみにいらないと言われてしまえば僕は、そこでもう息をする意味を失ってしまうのに。 だからもう、彼の事なんて考えないで。
06.10.15
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