[ 笑顔 ] おれたちは互いの背中にもたれ掛かりながら座っていた。村田はすうすうと眠るシアンフロッコを撫でている。 静かだった。 時折、開けっ放しの窓から初秋のしんとした風が入り込んで通り抜けていく。空気に淀みはない。それが心地好かった。 「・・・疲れた」 「あはは。僕も」 ずるずると村田の背中から滑り落ち、そのまま仰向けの姿勢になっておれもシアを撫でようと右手を伸ばす。すると村田がひょいとそれを捕まえた。 「痛くない?」 「うーん・・・少し痛いかも」 「一応湿布貼っとくんだよ? 長引くと野球も出来ないし」 「お前そりゃ大袈裟だよ。湿布はちゃんと貼るけどさ、こんなんすぐに治るって」 七時間。おれにしてみればこれはかなりの快挙だ。一人で勉強するとこんなにシャーペンを持たないから、実は少しどころかかなり痛くなっていた。追い込みなんていつものことではあるけれど、うーん、やはり次からコツコツと計画を立ててするべきだろうか・・・。考査なんて嫌いだ。 「つーかーれーたー」 「よしよし、頑張った頑張った」 苦笑しながら、村田はおれの髪をそっと梳く。その柔らかで優しい手つきに、おれはゆっくりと目を閉じた。不思議といつものような反発心は湧いてこない。感じるのは、村田が近くにいることへの安心感。 何処か懐かしいような、そんな感じ。 なんだか、無性にキスが欲しくなった。 「・・・村田」 おれは人指し指で村田の淡く冷たい唇をなぞった。 部屋は変わらず、静かなまま。 「渋谷?」 村田は少しばかり驚いて疑問符を浮かべたが、すぐに自分が求められた行為が何か察したようだった。カチャリと眼鏡が外され、レンズ越しでない黒が、おれに被さる。 (綺麗だよな・・・) 触れられた箇所から、村田の唇に熱を奪われるような感じがした。 それは涙が出るほど優しくて。嬉しかった。この感情に偽りなんてない。 でも・・・何かが違う。何か“ぽっかり”としたものが、埋まってくれない。 静かな部屋に、小さく水音と吐息が響く。 村田は一度だけ角度を変えてきたが、それ以上深くすることはしなかった。 「・・・ごめん」 何だろ、この罪悪感。 「ごめん・・・おれ」 けれどそれしか言えない。 「きみが謝る必要なんてないよ」 ふっと村田の目が細められる。そこにはいつもの笑顔があった。 安心する筈の、笑顔。 「悪いのは、渋谷じゃない」 村田は気付いている。おれが本当に欲しいのはその笑顔じゃないことも、それを与えられることが、もう決してないことも。・・・・・だから、村田を代わりにしてしまったことも、全部。 それなのに、どうしてだよ? 「きみに必要とされた。僕はそれでいいんだよ。今のきみは不安定すぎる。でもそれは渋谷自身の所為じゃない。きみは頑張り過ぎてるから、」 だから気にすることなんてないんだよ、と。 「甘えるってコト、知らない?」 そう言って村田は、おれの手を強く握った。 もちろん、左手の方を。 おれは久しぶりに、泣いた。
ほんのりヨザユ。 |