[ 金魚鉢 ] 考えることを放棄して脳味噌はただただ酸素を無駄に消費するばかり、虫の羽音ひとつしない、自分の息するのだけが落ちる夜更けのなか眠りの悪魔にきらわれて仕方なく、天井の木目を数えてる。 ごろりと90度回転してパタンと落とした指先が青白く染まって、夜の淡いが隙間から伸びてたのにそこで初めて気が付いた。 (さむ・・・) もそもそと躰起こして布団から抜ける、薄いの一枚羽織って音立てないように障子戸閉めて、逃げ込むみたいに廊下を進んで足が泳ぐ。 無意識ってこわい。 「なんだ、まだ起きてたんですかィ」 「っせーな、終わんねんだよ」 「ふーん」 「何しに来たよ」 「や、なんか寝れなくて」 「で?」 「ひまつぶし? 子守歌でもうたって。そしたら寝れるかも」 アホかって、なにもそんな面しなくても。結構真面目に云ってみたつもりだったんですけど、ぼそりと呟いてからたしかに、十八の男が云うにしちゃ可愛すぎるなと振り返ってでも、ちょっとふくれてみる。 土方さんの溜め息が、居てもいいぞって返事くれた。 「そこの布団敷いて潜ってな。そのうち眠くなんだろ」 「へーい」 察しがついたんだろう。それでも、やさしい土方さんは気持ちが悪い。 文机に視線を戻した濃紺の背中がちいさく揺らつく炎で影って、紛れてしまいそうだと、錯覚を覚える。だから目を瞑って、気配をかんじて。 「寒くねェんですか」 「少しな」 当たり前だけど土方さんの布団はしんと冷たかった。 温度を持ってちゃ、いけないんだろうとシーツの皺を撫でる、それでも心臓は健気にあかを巡らせて俺を、今も生かそうとしてる。 カチン、と音がして紫煙がゆらゆらと流れてきた。 「昼間の」 山崎に匂いが移ってるって云われたばっかなのを思い出す。自分じゃ気付けなかったのがいやになる、煙たさも血生臭さもおんなじになっちまって俺たちはかたちを保ってる、証のようで。 「一太刀でやれなかった」 「お前、弱ェからな」 「・・・・・」 「まあ、刀じゃ勝てねェがな」 くっくと可笑しそうにわらう、そんな顔が俺にもまだ残っているのならと望む、どうしようもない俺を土方さんは可笑しそうにわらう。まるであんたの方が餓鬼みたいだ。 伸びをした土方さんが片手ついて俺を振り返る。逆光でどんな顔してるかわからなくて、黒檀だけが縁取られて遠かった。俺はそこをじっとみつめて、くんと鼻をならす。 「殺られなきゃそれでいい」 「そうやって油断してるといつか殺られちまいますぜ、俺に」 「ほざいてないでもう大人しく寝ろやクソ餓鬼」 跳ね返されなくてよかった。 胡坐崩して寄ってきた影が、布団を頭まで全部掛けてばっさりと覆う。 「おやすみなさい」 人を模って生きてるのに、土方さんの餓鬼くせェ笑顔は俺をまた、掬う。
07.05.20
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