[ 神様にハイビスカスを ] 「何をしてるんだ」 「アラ、起きたの」 伸ばした手を勢いよく掴まれてつまんねぇ、悪態ついてにししと笑ってやった。久しぶりだってのに、相変わらず冷たいのね隊長。 コンラッドは掴んでいたオレの手首を面倒臭そうに放りゆっくりと、双眸を覗かせて上機嫌なオレの顔と対峙した。 まだまだ夜明けまでは程遠い、せっかくこうして頬にさえ触れられる距離にいるってのにきらきらと星の散る、その薄茶を拝むことは遂に叶わなかった。 「当たり前だ。お前の気配に気付けないほど俺だって鈍ってるわけじゃない」 「わかってますってぇー。ちょいと悪戯してやろうと思っただけでしょ? 寝込みを襲うくらい可愛いもんじゃない」 「・・・命が惜しくないらしいな」 「きゃー怖い。坊ちゃんにも見せて差し上げたいわー」 腕を前で交わして自分を抱きしめながら躰をくねらせてみたら大袈裟に、深い溜息をつかれるだけで終わった。 なによもう、そんなに呆れなくったっていいじゃない。 「いつ帰ったんだ?」 「ほんのつい今し方」 「ヨザ・・・こんな所へ立ち寄る前に、お前には行くべき場所があるだろう」 「ありますよ。でもオレ的優先順位は、こっち」 (わかってんのかなぁ、この人) 「ま、会える時に会っとけってやつさ」 ぱちんぱちん、サービスで二回も撃った悩殺ウインクは何かの障壁に弾き飛ばされたように見えたが、気の所為だろう。 「・・・ヨザック」 「はいはい、わかりましたって。長男閣下んとこにきちんとご報告行ってきますよー」 流石に少し、寂しいもんがある。いやいやいや、こいつの頭がお堅いのは今更なことだし、そもそも夜這いが目的で立ち寄ったわけじゃないもっと、大切な。 「ねえ隊長、今晩おヒマ?」 「まだ明けきってないのにもう晩の話か?」 「まあまあ。いつもの酒場、久しぶりにどうかなぁと思ってね。坊ちゃんはあちらの世界に戻られてるんだろう? たまには幼馴染みの相手もしてくれなきゃ」 拗ねちゃうわよ? 「・・・・・そうだな。気が向いたら行くさ」 「うふふん。そんじゃ、待ってますからね」 脆いから。だから、失うことに慣れはしてても恐怖が消えるのとはまた、違う次元の話なわけで。 今こうして顔突き合わせてる一瞬一瞬のすべてが奇跡の産物だと、胸踊るのは死線を覚えたからこそなのかそれとも、当たり前になりつつある平穏が未だ躰に染み付いていないからなのかは判らない。が、頭の悪いオレでも判ることはある。 「・・・・・坊ちゃんの、お陰かな」 「?」 空気がやわらかくなった、よく笑うようになった。 どれもこれもが、貴方のもたらしてくれたものです。ユーリ陛下。 音を立てられるのを執拗に嫌がるからわざとちゅっと啄んでひとつだけ、左眉の傷痕に親愛を落としてからほらやっぱり、恨めしく睨んできたのをかわしてひらひらと手を振る、数歩のあとで後ろから掛けられた台詞にオレは、生きててよかったと素で感動してしまいました。 「ヨザ、ありがとう」 何が、を省く辺りが憎いところでたまには素直に言ってみろとも思うのだが、これはこれで可愛い気もするし何よりこれで通じてるんだからまあいいかと満足してしまうオレはいつも、結局後になってから押し倒しておけばよかったと悔やむ羽目になるのだ。 パタンと閉めた扉に背をあずけて、力がするすると抜け出たのに溜息がでた。底冷えしそうな廊下の空気が躰に巻きついて、オレに仕事しろと促してくる。 早く眠りたい。数カ月振りの温かな寝台がオレを待っている、筈だ。 感謝は、している。 あいつの眉間にしわは似合わないのはきっと、オレが一番識っている。 だけどすこし、ずるいと苦笑いしてしまうオレの複雑な乙女心はどうか、笑わずに。
07.02.20
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