[ きみの隣で ]





雲量は2。
今日は、いい草野球日和だった。




「あっ、降ってる・・・」
「せっかくのデートだったのにねー」
「練習帰りにコンビニでデート?っつかデートって何だよ、デートって」


手のひらでぽつぽつと降ってきた雨粒を受け止めながら、渋谷は僕に言い返す。


「ただの冗談だったのに。でも練習中に降らなくて良かったじゃないか、渋谷」
「そだな。ところで村田、お前たしかカサ持ってなかったよな?」
「うん。でもこの程度の小雨なら走れば全然平気だよ」


そう言って、僕も手のひらを少し大きくなった雨粒で濡らした。
ちょっと、生温い。


「おれカサ持ってきてるから入れよ。マネージャーだっつっても、結構疲れるもんなんだからさ」


こういう時、渋谷は人の良さがすぐに出る。けれど、僕に一緒にカサ使おうだなんて。無防備というか、鈍感というか。
でも確かに、日中はまだ初夏だというのにジリジリとした真夏並みの日差しが痛くって、ベンチに座っていただけでも体力は奪われる。実際、僕もそれなりに疲れていて、家までダッシュというのはさすがにキツイと思った。だから渋谷の気遣いは凄く嬉しかったし、いい奴だな、なんて再認識させられる。
自分なんて、僕以上に疲れてるっていうのに。


「ほら、行くぞ?」
「・・・悪いな、渋谷」
「いいからいいから、気にすんなって」


いつもと同じ、屈託のない笑顔が僕に向けられる。本当、無邪気だよなぁ。
それにしても、フォンビーレフェルト卿なんかには、『おれたち男同士だろ!?』とか何とかいつも騒いでるくせに、彼は男二人でのカサの共有に関しては何の疑問も抱かないのだろうか。それこそ彼の友人なんかにでも目撃されたら、速攻冷かしのネタにされそうだ。
まあだからこそからかい甲斐もあるからいいんだけどね。


「相合傘だねー渋谷ー」
「何言ってんだよ村田・・・。愛々傘ってのは、恋人同士が仲睦まじく寄り添ってするもんだろ?おれたちの場合、ただの共有ってゆーの」
「でも現に仲睦まじく寄り添っちゃってるけど、僕たち」
「へっ!?」


今頃気づいたの?そこそこ密着度とか高かったんだけどな。
大きく見開かれた漆黒の瞳と、瞬時に視線が合う。僕は目を細め、にっこりと微笑んでやった。みるみる熟れたスイカ色になっていく渋谷。ここまで素直に反応してくれる彼は、いつ見ても飽きない。というかむしろ可愛い。でも本気で追い出されるのも厭だから、この辺にしておかないとかな。
このポジションは、失いたくない。


「渋谷さ、それ、漢字変換“アイ”の字“LOVE”の方にしてるでしょ」
「えっ、違うの?」
「“相性が合う”って書いて、相合傘」
「へぇー、そーなんだ」


意味はきみがさっき言ってた通りだけどね。これは教えないでおこう。


「僕等、仲良いだろ? だからバッチリ当てはまるじゃないか」
「う・・ん。でもさ、そういうもんなのか?」
「そうそう。それとも渋谷は、僕の事・・・嫌い?」


ちょっと前屈みになり、下から渋谷を見上げる様な体勢で訊いてみた。きみの返答が容易に想像出来て、僕はつい眼を細めてしまう。
ホント、我ながら厭な性格してると思うよ。


「んなわけないだろ!! おれ、村田にはいつも本当に感謝してる。お前は、その・・・大切な、親友だし・・・」


渋谷は少し視線を逸らして、最後の部分はボソリと照れるように呟いた。
決して偽りのない渋谷の直球型の返事は、心地良く、僕の中を満たしてくれる。
感謝しているのは、僕だって同じなんだから。


「大丈夫だよ渋谷。ちょっときみにいじわるしただけ。ちゃんとわかってるからさ。だって、親友だろ?」


な?と軽く首を傾げ、心からの笑みを渋谷に向けた。渋谷も、それに応えるように笑ってくれる。


「・・・サンキュ。村田」


心地好い空気。愛しい時間。
今、渋谷は此処にいる。そして僕は、きみの隣。
その綺麗な漆黒の髪も、瞳も、真っ直ぐな声も。


今は僕だけのもの。


「ほら渋谷、もっとこっちに入らないと渋谷の肩が濡れるよ?」
「でもそしたら村田が濡れるだろ? もともと小雨だし、おれは頭が濡れなきゃ大丈夫だから」
「じゃあさ・・・」


僕は軽く考える素振りをしてから、片腕で渋谷の肩をぐいっと抱き寄せた。


「ほら、これなら二人とも濡れないでしょ?」


すると渋谷は少々訝しげに僕を見て言った。


「村田。悪いけどおれ、もう少しくらい何かされたって、そう簡単に驚かないからな。からかってるんならムダだぞ」


じゃあどうして顔が真っ赤なのかな?
僕は内心でくっくと笑った。が、どうやらそれが表情に出てしまっていたらしい。


「あ! やっぱり楽しんでやがったな!!」
「ちがうよ。僕はね、本当にきみに濡れて欲しくなかっただけなんだから」


他意は・・・まあ、あったけど。だけどね、これは本心。
渋谷を抱く腕に力を込めて、間接的にそれを伝える。


「でも、慌てる渋谷もちょっと見たかったかなー」
「どっちなんだよ!? ・・・・・はぁ、もういいや。これ以上反論したって、どーせおれに勝ち目なんてないだろうし・・・」
「まあまあ。そんなにしょげなくてもいいじゃない」
「うるせー・・・」
「はは。ごめんごめん」


雨粒の弾ける音が、何だか耳にやさしかった。
何か特別なわけでもない、こんなただのひと時が、きっと僕らには必要なのかもしれない。







* * *






「ん・・・あれ、なんか雨止んだぽくないか?」
「ほんとだ。通り雨だったみたいだね」


渋谷はカサをたたもうとして、僕も腕を離した。蒸し暑いはずなのに、彼の体温が名残惜しい。


「・・・もう少しくらい、降っててもよかったのに」
「よしっと。何か言ったか?」


カサを几帳面に束ねながら渋谷が問う。聞こえてて欲しかったような欲しくなかったような・・・。


「ううん、別に何でもないけど」
「そっか。・・・・・あ! 見ろよ村田! 虹、虹が出てる!!」


うわぁ・・・と感嘆の声を上げ、渋谷は立ち止まった。
虹なんてそう珍しくもないのに、彼はその眼をきらきらさせながら、空に架かった大きな七色のアーチを見上げている。


「渋谷ってさ、素直だよね」
「別にいいだろー? キレイなもんはキレイなんだから」


綺麗なものは綺麗・・・か。渋谷らしい。


「そうだね。・・・うん。本当に、綺麗だ」


本当に。きみのすべてが。


「そういえばさ、虹の根元には宝箱が埋まってるって話、聞いたことない?」
「あー・・・何かそれ、ガキの頃お袋がそんなこと話してた気がする」
「渋谷はその宝箱の中身、何だと思う?」


数回瞬きをして、虹を見据えながら渋谷は答えた。


「そうだなぁ。・・・気にはなるけど、何かなんて考えないよ」
「どうして?」
「だってさ、埋められたってことは、きっとそれだけの理由があるからだろ? たとえ中身が宝石とか財宝だったとしてもさ、おれそんなの必要ないし。それに・・・・・」
「・・・決して開けてはならない箱も、存在するしね」
「・・・・・・」


漆黒の瞳が、同じ虹彩の僕の瞳を捕らえる。
強く、脆い、その眼差し。


「大丈夫。渋谷なら出来る」
「・・・うん」

「それに、きみは一人じゃない。みんながきみを支えてるし、みんな、きみが大好きなんだから。もちろん、僕もね」
「うん」


そう。その笑顔が、僕は大好きなんだから。









僕はそっと、渋谷の手に触れた。






05.07.24