[ 世界葬まで ]





アレは猫だ。
真っ黒い野良猫がふらり、知らぬ間に上がり込んで、そのくせ愛想程度にも擦り寄ってきちゃくれない、触れようとしてもひらり、尻尾くねらせてすり抜けて。

ねェ、今度はいつ来てくれんの?










気が付いて飛び起きて慌てて隣に眼をやると、闇色が俺の手元を掠めて身じろいだ。安堵に溜息が漏れて、そんな自分をすこしだけ笑う。
珍しいこともあるもんだ、大人しく眠る高杉はまだ瞼の奥にいる。

背中がチリッと痛んでまた、高杉に視線を落としてごめんねと、やらかい髪に指を差し入れてくしゃりと撫でる。聞こえてて欲しいんだけどそれはそれで死ねだの何だの、どうせ可愛くないこと吐かれるに決まってて、想像して、可愛いなァとか、思っちゃった自分は相当キてると自嘲してまたすこし笑った。


「・・・おいコラ、一人でニヤついてんじゃねェよ」


不意に下から伸びてきた手が俺の髪を毟るように掴んで力任せに引き寄せる、赤ん坊の強請るようなそれに従ってそのまま息を奪わせてやって俺は、喉の奥をあやすように突いてやる。

薄く眼を割ってみたら勝ち誇った、満足そうな眸にぶち当たってそれが俺の、醜い嗜好に触れて滲んで染み渡って、ほんと、どうしてくれようか。
悪いのは、オマエだからね高杉。


「・・・ッ・・・」


絡めてた舌を解いて放して、うっとりと恍惚を泳ぐ唇に呼吸を与えずまた吸い付く、歯を立てる。鉄の味に図らずも興奮がちらつく俺はお前より汚いのかもかもしれない、思ったところで意識を振って否定する。

こいつはただ綺麗で、一途過ぎただけだった。誰よりも。
真っ正面からバカ正直に怒りぶつけて傷付いて抉られた躰が二度と戻らないあの人を、求めて行き場失くして泣いている。

今も。
この瞬間だって聞こえてる、軋んだ心臓の、濡れた音。俺を、お前から断絶させようとしてるみたいでそれが、押し付ける口づけを乱暴にさせた。

白く細っこい腕が俺を退けようと躍起になって叩いてくる、可愛いけど許してあげたいけど。


(・・・生意気)


「・・・んっ、テメッ」
「ンだよ、仕掛けてきたのはオメーだろ」


絶望を識った孤猫は虚勢を張って何処までも、鳴咽すらも上げぬよう己の喉に爪立てて、どうして、どうして縋ってくれなかったんだと淋しくて苦しくて、そん時の俺はまだまだ餓鬼だったからそんな風にしか高杉に対しての、俺自身の存在証明を擦り付ける術を識らなかった。

俺はお前に縋られることに縋って息をしていた。


寝乱れたまま、面倒そうに見上げられたそれは何時だって俺を捕らえて離さない、何時だって俺をすこしだけ、よわくする。
引き摺られて、解らなくなっちまう。なんで、俺は。


「・・・なァ・・・ここに居ろよ。高杉」


闇色の下で開かれた繊月と、刹那の沈黙。
自分でも驚くくらい、なんて女々しい声。

結局俺は、あん時から何も変われちゃいないってことか。
求められて満足、腕の中に閉じ込めて俺のモンにしたい。所詮は所有欲の塊だ。

つい零れちまった言の葉を拾い、愉快だと云わんばかりの下びた笑いを俺の下で、喉に鼓膜に突き立てる高杉の面は、変わらず綺麗なままだった。ゴロゴロとした鳴き声が聞こえてきそうな、甘ったるい。

先刻まで必死こいて逃れようとしてたのは、一体何処の誰よ。


「まァだ寝惚っけてんのか?」
「・・・かも」


ああいっそそうだったらどんなに幸せだろう。そうなら俺は、本当にお前を離さなねェよ。嫌がったって仕方ない。だって、寝惚けてるんだもの。


「いいぜ」


俺は頭から抱き寄せられる様にぐいと首を絡め取られて高杉の、伸ばされた両のかいなに包まれる。

ぽす、間の抜けた音。

油断していた俺は全ての重みを差し出した一瞬にイニシアチブが掌からするりと滑り落ちたのを感じて、

目眩がした。


「ばァーか」
「ほんっと、可愛いげのねェ・・・」
「テメェがキモいだけだ」


狭い胸だ。
どんだけのモンが詰まってる、この胸に。

俺はお前の何なんて女みてェなこた思わねぇけどせめて、俺の下に居る時間くらいは昔の様に餓鬼みてェにじゃれ合えたらいいと願ってる、なんて、明日世界が死ぬと識ってても、云える訳がない。






06.09.22