[ 太陽の花 ]





視界がぼやけている。まだ睡眠が十分じゃないようだ。
重くだるい躰を起こし、そっと有利はこめかみを押さえた。隣に目をやるとそこには既に村田の姿はなかった。バスルームの方からは涼しげな水音。シャワーでも浴びているのだろう。
ドサッと再びベッドに倒れこみ、手元にあった枕を抱き寄せながら、有利は抜け切らない疲労感と心地好いシーツの肌触りに身を任せた。


(ん・・・村田の匂い)


それを感じた途端、有利の頬にかぁ、と赤みが差した。眠りに沈み込む前の事を思い出したのだ。鮮やかになった視界に布団から覗いていた太腿が入り、くっきりと残る鬱血の痕に視点が定まる。と同時に、素早く足を引っ込めて、思わず体育座りのような体勢をとってしまった。


「はぁ・・・」


いい加減、慣れるべきなのは分かっている。分かっているんだけどさ。


「・・・無理だって」


心の声だって音にしたくもなる。
壁に掛かっている時計を見ると、八時十分を少し過ぎたところだった。


「ハト時計かよ・・・」


そういえばさっき、ポッポーという音が意識の向こうで規則正しく聞こえてた気がしないでもない。8回かは知らないけど。


「あ、起きてたんだ。おはよう渋谷」
「村田・・・おはよ」


濡れた髪のままTシャツに黒いジャージという姿で、村田が部屋に入ってきた。


「何?僕ってそんなに男前?」


有利の視線に気づいた村田が、にっこり笑って尋ねた。


「いや、なんかお前がそんな格好してるのが意外で・・・」
「なーんだ。せっかく水も滴る好い男とかやってみたのに」
「・・・それってやろうと思ってなれるもんなのかよ」
「僕はなれます」


どこからそんな自信が湧くんだか。しゃべりながら村田はベッドに腰掛け、有利に背を向ける形で収まった。 首だけを後ろに向けて有利に問う。


「ところでさ渋谷、お腹とか空かない?」
「あんまし空いてないかも。大丈夫、家帰ったら何か食べるよ」
「そ? ・・・・・く、くっ・・・」


突然村田が笑い出した。何やら必死に堪えている。


「なっ、何だよ!」
「・・・・・ごめんごめん。いやね、きみの朝帰りにお兄さんがどんな反応するかと想像したらつい、ね」


ふぅ、と息を整えながら村田が視線を投げかけてきた。


「平気平気。ちゃんと村田ん家泊まり行って来るって言ってあるから」
「だからだよ、渋谷。まぁ分からないならそれでもいいけどね」
「は? ・・・・・なんか、腹立つんですけど」
「兄の心境って複雑だよねぇ」


だから勝利が何なんだよ! と煩い有利を、村田はただ笑ってスルーした。


「とりあえず服着なよ渋谷。それとも、もう一回くらいやっとく?」
「結構です。服どこだよ・・・」
「残念、照れるなくてもいいのにー。ほら、そこのテーブルの隣。昨日洗濯したやつ乾いてたから、畳んで置いておきました」
「別に照れてねーし。っと、あれか。サンキューな」


布団を被りながら、有利はのそのそと着替えを取りに行った。


「・・・何見てんだ」
「いいじゃない。減るもんじゃないし」
「変態」
「光栄だね。まだ疲れてるんでしょ? アイスコーヒー作っといたから、着替えが済んだらリビングに来てね」


よいしょっとばかりにベッドから腰を上げ、村田は部屋を後にした。


「・・・誰のせいだよ。ったく」


相変わらずの余裕振りに、有利は悔しげに不満を漏らす。
ハーフパンツに青いTシャツ。飾り気はまるでなく、いかにも渋谷有利ですといった服装だ。
村田の部屋を出て、その先にあるリビングへと向かう。村田家の内装は、もうほとんど把握済みだ。


「ほい、きみの分」
「おう」


手前のイスに座っていた村田は、氷で冷えた飲み物を有利に手渡した。有利は隣のイスに腰掛け、アイスコーヒーを口に含む。甘さのある苦味が、躰にすっと染み込んでいく。


「じゃあおれ、これ飲んだら帰るよ」
「もう少しゆっくりしてけばいいのに。せっかくの夏休みなんだしさ」
「次の練習試合のオーダー表書かなきゃなんだよ。新メンバー加入後の編成、まだ終わってないんだ」


ふーん、と村田もコーヒーに口を付ける。


「頑張るねキャプテン。あ、そうそう。渋谷、ちょっとここで待っててくれる?」
「いいけど」
「出来れば目とか瞑ってくれると嬉しい」


村田の足音で彼がリビングから出て行ったのが分かった。残された有利は村田の行動の意味を予想できず、真面目に目を瞑って彼を待った。



* * *



「お待たせ。ちゃんと目閉じててくれたんだ」


再び村田が入って来た時、ガサッという音がした。何か持ってきたらしい。


「そりゃな。何度か誘惑に負けそうにもなったけど」
「ご苦労様。・・・それじゃ目、開けていいよ」


村田が合図した瞬間に、有利はぱっとその澄んだ黒目を開けた。


「あっ」
「渋谷、ハッピーバースデー」


目の前に差し出されたのは、大輪咲き誇る鮮やかな向日葵の花束。


「・・・・・忘れてた」


ぽかんと呆ける有利に、村田は満足気に微笑む。


「どお? 驚いた?」
「うん。村田、お前よく覚えてたな。本人が忘れてたってのに」
「だってほら、渋谷の誕生日だし。で、感想は?」
「何だろ・・・すげぇ嬉しい」


受け取った花束から目を逸らさずに、有利は感じたままを答えた。


「その・・・案外こーゆーのって恥ずかしんだな」


有利の顔にも、自然と笑みが零れる。


「どうして向日葵を選んだのか、訊いて欲しいな」
「じゃあ、何で?」


村田は向日葵の花びらをふわっと撫でながら答えた。


「それはね、この花が渋谷みたいだから」
「おれみたい?」
「そう。堂々と自分の花を広げて、いっぱいに日の光を浴びようとするところとか、渋谷とおんなじ」


愛しげな眼差しが有利に向けられる。









「きみはね、みんなの太陽なんだ」






ゆーちゃんお誕生日おめでとう!!
プレゼントの渡し方がベタ過ぎた…。
ちなみに彼の部屋のハト時計。夜間は鳴かなく設定できるみたいです。(どうでもいい)

05.07.29