増え過ぎた酸素。
どうしてこんなに、息苦しいんだ?







[ 泡沫の望み ]





気付くと彼の部屋の前に居た。通い慣れた、彼の部屋。
何も無いのは分かっているのに、自分は一体、何を求めて此処へ来たのだろうか。

ユーリはそっと扉を押し、中へと入った。
ノックなんてしない。ただ無意味に音を響かせるだけだと、経験が知っているから。


「・・・・・相変わらず、殺風景なんだな。あんたの部屋は」


ユーリは微笑する。別に独り言を云っているわけではない。傍から見たらただの呟きに聞こえるかもしれないが、ユーリはきちんと相手に向かって放っていた。
つもりになって。


「ここ、座るからな」


だが決して疑問形にはしない。

ベッドに腰を下ろし、静かにその質感を感じさせながら躰を沈み込ませていく。そして仰向けのまま、暫く天井を見続けた。
聞こえるのはただ、自分の呼吸と一定の鼓動。

ふと、隣に手を伸ばした。いつも彼が居た、其処へ。


囁かれた言葉。
交わった吐息。
感じた、体熱。


記憶は残酷なまでに鮮明で。どうして、薄れていってはくれないのだろうか。

瞬くと、つぅ、と雫が頬を伝うのを感じた。だがユーリは気にしない。
どうせ誰もいないんだ。恥じる必要なんてない。
それが諦めというものだと、ユーリ本人は気付いてないのかもしれない。

それとも、新たな望みの所為か?

このまま涙を止めなければ、彼がこの目尻を拭いに戻って来てくれるかもしれない。
ほら、あの声で苦笑しながら、あの指でそっと。優しく。


「・・・・・・コン、ラッド・・・・」


最早その名を口にする事さえ、重い。












増え過ぎた酸素。
けれど此処に存在するのは、息苦しいまでの静謐さだけ。






05.08.03