――――――― パシンッ






これはちょっとした賭けだった。
・・・・・そう。ちょっとした、ただの賭け。





[ egoist ]





「ご自分の為された行為の意味、お判りですよね、猊下」


じわりと不自然に滲んでいるであろう左頬の熱。
ウェラー卿は一瞬その銀を散らした虹彩を広げたが、直ぐに冷静な視線を僕に向けて寄越した。


「知らないと云ったら?」
「陛下の護衛に戻らせて頂きます。失礼ですが、悪戯の相手は俺でなくとも事足りる筈ですので」


ほんっと、基本真面目なんだから。あ、対象が渋谷だからか。不意打ちでくだらないギャグなんかさらりと云い放つくせに。いくら僕でも、正統な儀式を悪戯ごときでなんかやらないよ。
・・・・・でもまぁ動機が不純だから、似たようなものか。


「僕の“モノ”にならない?ウェラー卿」


彼の右眉の古傷が僅かに歪む。


「・・・それはどういう意味で取ればいいんでしょうか」
「どうって、そのままの意味だけど?」


「つまり、俺に貴方の“所有物”になれ、と?」
「そういうこと」


人としてもう手に入れることが出来ないのならせめて、物として。
僕らしくもない。
こんなやり方にしか辿り着けなかったなんて、どれ程愚かな事か判っていたのに。


「だから少し、本来の意味とは違ってくるかな。僕は別にウェラー卿と婚姻の契りを結びたいわけじゃないからね」
「それなら何故・・・」
「精神的服従」



無意味なのに。



「それが僕の目的」


解っていても尚、求めてしまう僕は、所詮ただの子どもだったということだ。
困惑する彼を見上げながらも、浮かぶのはやはり、作り笑い。


「僕はね、ウェラー卿。渋谷を暴走させられる。簡単に破壊兵器にすることが出来る」


でもしない。出来ない。渋谷相手にそんな事、出来るわけがない。それなのに、僕は本当にずるいと思う。自分のくだらない賭けの道具として、この場に渋谷を持ち出した。
そしてまた、酷く矛盾した私欲が、この口から零れてゆく。


「ウェラー卿、僕と取り引きしない?僕は渋谷に手を出さないし、傷付けない。その代わりウェラー卿には僕の物になってもらう。だからもしも君がこの行為を受け入れたとしても、そこに恋愛感情というものは一切成立することはないよ」


そう、愛情なんていらない。求めてしまった瞬間、僕はこのゲームの敗者になってしまうのだから。いや、そもそも勝者すら、いないのかもしれないな。
だけどそれさえも認めてしまったら、今僕のしていることは本当に無意味なものになってしまう。


「表面上では何も変わらないよ。ウェラー卿はこれからも渋谷を見ていればいいさ。でも忘れないで欲しいのは、そうなった場合、君は僕のモノなんだってこと。別に制限とか見苦しいものは掛けはしないけど、何時でも僕は渋谷を壊せるってことだけは、覚えておいてね」


圧力による支配、抑制。
例え何も無くとも、それだけで人というものは崩れてしまう。それが精神における絶対の服従へと繋がってしまうんだから、本当に脆い。


「・・・・・辛く、ないんですか?」

「何が?」
「貴方は偽りだらけだ。まるで理由付けでもするかのように。そして自身の言葉にさえ怯えている。何故、そこまでするんです?」


ここまで気付いておいて。
それがどれ程僕にとって残酷な事であるか、解っているの?


「俺がこの右頬を差し出すことで貴方が満足出来るのなら、それに従いましょう。しかし、それをもってしても、貴方の空虚が埋まることがないのなら・・・」



バシッ



何かが悲鳴を上げ、衝動的な動きとなって僕の脳髄を駆け抜けた。


「それじゃあ、交渉成立とさせてもらうよ。この瞬間から、ウェラー卿コンラートは僕の所有物だ」


僕の・・・勝ち。


――――― 解りました、猊下」


こんな醜い手段でしか、僕は彼を縛れない。











空虚なんて、埋まる筈がないじゃないか。






マイナー上等。
05.09.04